開演を待ちながら

2002年から京都芸術大学 舞台芸術研究センターで刊行している機関誌『舞台芸術』をはじめとする京都芸術劇場/舞台芸術研究センターのアーカイブの中から、おすすめコンテンツを選び出して掲載しています。自宅で、電車のなかで、そして、劇場のロビーや客席 で、少し時間のあいた時に、ぜひご覧ください。市川猿之助、観世榮夫、太田省吾etc…

『舞台芸術』4号(2003年8月発行) 特集:歴史と記憶 より

f:id:shunjuza:20200518200759j:plain舞台芸術』4号(特集:歴史と記憶)に掲載された 多和田葉子氏のテキストを掲載いたします。
多和田葉子(たわだ・ようこ) 詩人・小説家

 

 十五歳の頃は今と違って鏡を長々とながめたりもしたが、最近は気がつくと鏡の代わりにワープロのディスプレイと何時間も向き合っている。ディスプレイの中におのれの姿を見極めよう、などと思ったことは一度もないが、時々自分の身体の状態をコンピューター用語でとらえようとしている自分に気がついて、はっとする。朝はまだネットに接続されていないような感じがしたり、充分に充電されていないと思ったりするのがそれである。やることが多すぎると頭がふいに凍結してしまったように感じたり、外部から好ましからぬ情報が入ることで細菌をうつされるのは恐いと感じたりもする。それどころか、自分の記憶の容量をハードディスクのようなものとして考えていることさえある。記憶が、一つ二つと数えられるような個から成り立っているのではないと信じているのに、「この間の旅で見た風景が頭の中で一メガバイツくらい占領しているのが邪魔で新しい本が読めないから消したい」などとつい思ってしまう。コンピューターというものを知らなかった頃は、自覚的に記憶を消すという発想はなかった。頭が一杯になるという感じもなかった。どうでもいいことは勝手に消えていくだろうと感じていた。そういう意味では、昔のわたしの記憶は、多分、どちらかというとフロイトの言うヴンダーブロックに似ていたのかもしれない。わたし自身、そういうメモ帳を子供の時に持っていた。透き通った層を持ち上げると、書かれた字はきれいに消えてしまう。一方、下敷きの方にはかすかな溝が残る。コンピューターと違ってヴンダーブロックは一杯になってしまうということがなく、いくらでも新しいものを受け入れることができる。下敷きに無数の文字の層ができていくだけだ。それを解明してすべて読みとることはできないかもしれない。でも、痕跡がそこにあることは確かであり、もっと重要なことは、重なることによって新しい物語が生まれることである。たとえばEの文字とHの文字が重なると、漢字の「日」という字ができる。コンピューターは、分けて記憶したものを分けたまま保存しているが、ヴンダーブロックはいくつかの話をごちゃごちゃにして新しい話を作ってしまうかも知れないのである。

 小説などを書いている時に、イメージが文字の痕跡のように重なり合ってくるのを発見する。ファイルに分けて個別に保存してあるのではないので、重なり合ってくる。その組み合わせは、大抵、誰の意図に動かされているでもなく、しかも個性的である。たとえば二つの単語が似ていても、誰の頭の中でもその二つが重なり合うわけではない。何人かがいっしょに体験した出来事が同じ出来事にならないのも、むしろ組み合わせの一回性と関係があるのではないかと思う。

たとえば、芥川龍之介の『藪の中』では、なぜ、証人一人一人の話の内容が違うのか。人それぞれ認めたくない事実が違うので、話がそれぞれ違った風にゆがんで記憶されているのだという答えもあるだろうが、そう言ってしまうと、ゆがんでいない記憶というものが存在するという前提が自然とできてしまう。そして、そのゆがんでいない真実から個々の人間の記憶が自分の痛いところを避けていろいろなかたちで逃げているから、様々な物語ができるのだ、ということになる。しかし、この小説を読んで受ける印象はむしろ、決定的なバージョンは存在しない、そうではなくて、お互いに矛盾しあうバージョンを重ねていくことで初めて出来事が立体感をもって立ち上がってくる、ということではないかと思う。

 ところで、『藪の中』の証人の中には殺されてすでに死者となった夫もいる。死んではいるが、巫女の口を借りて、自分のバージョンを語ることができる。わたしがこの小説を読んでショックを受けたのは、みんなの話の内容が食い違っているということではなく、死者の語り方が生者の語り方とほとんど違っていないということだった。死んだ者なら当然、感情を交えずに語るだろう、とわたしは勝手に思い込んでいたのだ。ところが全くそうではなかった。死んでいるくせにまだ嫉妬、嫌悪、当惑、誇り、恥に動かされて物語を作っている。その点、生きている者たちと変りない。それどころか、死者こそ強い感情に取り付かれていて、だからこそわたしたちのところに現れるのではないかと、能を見るようになってから思うようになった。

 コンピューターは人間と違って、感情に頼らずに物事を記憶し、再現することができる。しかし、いくら音や映像をできる限りたくさん収録しておいて再現しても、それだけでは当然「物語」(そしてその不定冠詞Eine Geschichteを定冠詞に変えたDie Geschichte=「歴史」)にはならない。もしもこれだけが正しいという物語/歴史のバージョンが一つしかないとしたら、それを記憶する時に感情の影響があれば邪魔だということになる。しかし、感情がなければ出来事が物語として記憶されたり、語られたりすることは不可能で、たくさんの映像や単語の羅列があるだけだろう。

 個人の体験した歴史が物語として記憶される時だけでなく、継承される時にも感情の助けを借りる。誰に向かって語るのか。能では殺された者の霊が現れて歴史を語る例が少なくないが、その聞き手になるのは旅の僧侶であることが多い。僧侶は裁判官と違って判決を下す義務はない。ただ話を聞いて、死者が心を鎮めて、死者の国に飛んで行ってしまえるようにしてやるだけである。

 舞台に現れる幽霊は、死んだ人の「記憶」そのものの権化であるようにも見える。たとえば、能の『清経』などがその例である。清経の妻は、彼が戦いの最中に海に飛び込んで溺死したという知らせを受ける。妻は夫が死んだから悲しいというだけではなく、どのような必然性が夫を海に追いやったのかが全く分からないので、そのことで苦しむ。そこに清経の霊が現れ、自分の死んだいきさつを話して聞かせる。この霊は普通、妻の夢の中に出て来ると解釈される。しかし、夢だから現実ではないという理屈にはならない。なぜなら、中世においては、夢は脳の働きというより、むしろ、もろもろの存在が姿を現すことができる「場」として考えられていた。ここで妻の夢に出てくる人物は、清経がどのようにして死んだのかを知っているという意味において、死者の記憶そのものであり、その記憶はすでに一人の生きた個人の所有物であることをやめた記憶である。清経本人はもう死んでいるのだから、実際は彼の死についてくわしく語ることのできる人間は誰もいない。死者の記憶が入り込み語る場を、生者の夢と呼ぶことができるかもしれない。

 『井筒』で現れるのは女の霊で、これが悲恋の物語を語る。それから相手の男の衣をまとって舞い、水鏡をのぞきこむ。見ている方は、舞っているうちに女がその男に変身してしまったような印象を受ける。すると語られる物語は女のものではなくなり、男のものでもある。どうやら記憶というのは個人と個人の間にある境界を超えて、時間や空間も超えて、移動するものらしい。個の脳に幽閉された所有物ではないのである。

 わたしたちはもう中世に生きているわけではないし、現代社会では自然科学の知識のせいで、霊の話などはオカルトなど狭い分野に押しやられてしまった。ひょっとしたら劇場というのは現代においては、オカルト趣味のない人間も、霊に耳を傾けることのできる唯一の場所なのかもしれない。

 よく憑物を取り除く儀式と精神分析が比較されることがある。しかし、幽霊の方が、精神医学の概念よりは演劇の登場人物としては適していると言えるだろう。現代人なら例えば、他人に自分が憎まれているとしてもそれは自分とは直接は関係ない事柄だと考えるだろう。憎しみという感情が憎んでいる人間の所有物であって、憎まれている者の所有物ではないと考えるからだ。能では、人に憎まれただけで病気になるという例がよくある。憎まれた側に責任があってもなくても関係ない。人の感情は、それがたとえ死者のものであっても、別の人間の身体に直接暴力を与え得る。葵上が六条御息所の霊にとりつかれて病気になるのもその一つの例である。よばれた加持師はこの霊を祈禱の力で追い払うために、まず霊に姿を現せさせなければならない。追い払うと言っても、この作品に限らず能では、霊は悪者として描かれているわけではない。見ている側はむしろ姿を現す霊に感情移入してしまう。『土蜘蛛』でもわたしは征伐される側の土蜘蛛に間違いなく肩入れしてしまうし、それはわたしが特に化け物が好きだというだけの理由ではない。霊を取り除かれることで治癒されるという過程がとりあえず目標として置かれているように見えても、能にとっては霊に表現の場を与えること、霊の出現そのものの方が重要なのである。

 『藤戸』には佐々木三郎守綱に殺された若い漁夫の霊が現れる。盛綱はこの若い漁夫に海のどの辺たりが馬を連れた自分の軍が渡ることができるような浅瀬になっているか教えてもらう。しかし、教えてもらった後すぐ、敵に情報の漏れるのを恐れて、漁夫を殺してしまう。漁夫の母親はこのような苦しみは耐えられないから自分も殺してくれ、と盛綱に迫る。『平家物語』ではごく短いエピソードの一つだが、犠牲者の視点からもう一つの歴史を語るのを得意とする能は、この題材だけを使って一つの作品を作り上げ、それが今日でも上演されている。

 亡霊たちが「もう一つの」歴史を語ってみせるのは、道徳観からそうするのではないし、学者としての義務感からそうするのでもない。死者は無性に腹が立つから語るのであって、その怒りが馬のように作品を貫いて疾走する。作品を貫く馬のような衝動を感じさせる作品と言えば、小説ではハインリッヒ・フォン・クライストの『ミヒャエル・コールハース』があるが、この話も権力の横暴の犠牲になった馬商人の怒りが、死馬の亡霊のように言語の内部を疾走し続けるテキストである。

 怒り狂った亡霊が文学的に重要な役割を果たすのは日本の中世に限られたことではない。ニコライ・ゴーゴリの『外套』にも、カリンキン橋に死んだ小役人アカーキー・アカーキエヴィッチの亡霊が現れる。この男は貧しく孤独な生活を送っていただけでなく仕事仲間からも馬鹿にされていた。それがやっとの思いで貯金して買ったばかりの外套を、この橋の上で強盗に取られてしまう。地区の警察も相手にしてくれないので、知人の勧めである重要人物に訴えに行くのだが、実はその人物はどんな時にも自分の権力を示すこと以外に関心がない。びくびくしながら事情を説明するアカーキー・アカーキエヴィッチをどなりつけて追い出してしまう。追い出された方は病気になり死んでしまう。小役人が死んだと聞くと権力中毒の重要人物もさすがに罪の意識を感じ、気をまぎらわせるために、人がたくさん集まって騒いでいる友人宅へでかけていって、又、楽しい気分になり、帰りには浮気の相手を訪問して、上機嫌で家に帰ろうとする。しかしカリンキン橋にさしかかると、死んだはずの男の幽霊が立っている。幽霊は生前のアカーキー・アカーキエヴィッチなら決してできなかったような激しさで相手に食ってかかる。

 わたしは現代文学を読んでいても、中世において幽霊であったところのものが別の新しい場を探し当てたようなものに特に関心がある。『外套』では、幽霊などは罪の意識を感じている人間の幻覚に過ぎない、と言うことはできない。橋の上の幽霊は、自分自身の言語、物語、そして身体を持って現れるのだから。

 『ハムレット』にも向こうからこっちへ幽霊の渡ってくる橋のようなものがあるに違いない。幽霊はきょうだいに毒殺された元国王で、能と全く同じパターンで、歴史の敗者が自分がいかに死んだかを語るために姿を現わす。公式に認められるのはいつも、今権力の座にある者の語る歴史だけだが、それはこの場合、死者のきょうだいの語る、元国王は蛇の毒で死んだ、というバージョンである。死者は別の物語を語るために現れる。しかし、能と違うのは、幽霊は語るだけが目的ではなく、ハムレットは僧侶のように亡霊の怒りを静めることもできない点にある。ハムレットは権力構造の外部に立とうとする旅の僧侶などではなく、死者の息子である。死んだ元国王はハムレットに復讐を義務付ける。この義務付けによって、亡霊はハムレットに殺人と復讐の鎖からできた家系譜の一部になることを強制するのである。

 しかし、ハムレットは叔父に復讐するのを躊躇する。なぜ躊躇したのかについては今日まで無数の学者や作家が頭を悩まして来た。ハムレットは頭でものを考えてばかりいるから行動力がないのだと言った人もいた。叔父はハムレット自身のアルター・エゴだから殺せなくて当然だ、と言った人もいた。ハムレットも一種のエディプスなら、父を殺して母と寝ることを密かに願うのは当然で、それを叔父に先にやられてしまっただけだというわけだ。わたしは、ここでは、その理由は詮索しない。そうではなくて、ハムレットが、復讐計画を成し遂げるためには、自分の記憶のタブローからこれまで出逢った本や映像や印象をすべて消さなければ、と言っている箇所(一幕五場)に注目してみたい。実際にはハムレットは逆のことをしてしまう。ハムレットの話す言葉はますます引用やほのめかしに溢れ、映像性が豊かになり、そこがこの芝居の魅力でもある。ハムレットの話し方が変化したことは、気が狂った、または、狂ったふりをしている、と解釈される。しかし、それが狂気なのか違うのか、本物の狂気なのか演技された狂気なのかはとりあえずどうでもいい。それより、ハムレットのおしゃべりが、言葉遊び、引用、ねじれた慣用句などを通して、詩的空間を作り出しているということが面白い。復讐を実行に移そうと思ったら、記憶のタブローから詩的言語を追い出さなければいけないことは、ハムレットは承知している。復讐か、詩か、どちらかを選ぶしかない。だから、この芝居は、復讐を延期すること、延期どころかやめてしまう試みになる。そしてハムレットが叔父を殺さなければならない立場に追い詰められたところで、この芝居は終わってしまうのである。

 日本語には「敵討ち」という単語があり、これはかってあった公に認められた復讐の形式を示している。能の成立した時代にはまだ敵討ちはなく、演劇のモチーフとしても現れない。十六世紀の終わりになると、復讐を正当化する法ができてきた。もちろん、誰でもいつでもやられたらやりかえしていいということではない。基本的には、自分よりも身分が上の「身内」の者が殺された場合のみ敵討ちは許された。そのうち、許されたというより、しなければいけない武士の義務のようなものになっていった。父の仇を討てないのは武士の恥だ、というわけである。この義務のせいで、上から下に「系譜」が保証されることにもなる。父から息子への繋がり、何代も繋がっていく男だけの系譜がこうして造り出される。武士の間ではもちろん血縁でなくても、主人と家来も親子と同じ関係と見なされたので、主人の仇を伐つ。歌舞伎など見ていると、この敵討ちのモチーフがかなり出てくる。

 『忠臣蔵』を見ていても分かるように、カタキウチそのものはひどく退屈なものである。仇を伐ったところで話も終わってしまう。この作品は今日でも人気があるようで、よく上演されるが、作品の中身は敵討ちの場面ではなく、その長い準備期間の話である。仇の家を襲撃するその日まで武士たちは平和な市民のふりをして暮らしている。その仇の理由は法的に認められるようなものではなかったので、仇伐ちが終わると、参加者はすぐみんな自殺してしまう。演劇のモチーフとしては古いと思っていたが、今日の世界情勢から見ると、「潜伏者」の話は随分話題性のあるシナリオでもある。

 ハムレットは死者の怒りが理解できなかったわけではないが、父の出した課題を実行に移すのを躊躇する。この躊躇、もっとはっきり言えば拒絶が、演劇空間を作っている。演劇は常に死者の悲怒の訴えと結びついている。しかしその訴えを復讐の依託と解して実行してしまえば、演劇というものもなくなってしまうだろう。

*本稿は、ラオコオン・シンポジウム(2002年8月3日、ドイツ、ラオコオン・サマー・フェスティヴァル2002にて開催)のために事前にドイツ語で執筆されたテキストの著者自身による邦訳である。翻訳に際し、シンポジウム当日述べられた芥川龍之介『藪の中』のあらすじ部分は割愛されている。なお、シンポジウム当日のレクチャーは、ドイツ語原稿のスーザン・ベルノフスキーによる英訳で行われた。

 

【京都芸術劇場での関連企画】
2020年度 劇場実験型共同研究プロジェクト公募研究Ⅰ
多和田葉子の演劇 ~連続研究会と『夜ヒカル鶴の仮面』アジア多言語版ワーク・イン・プログレス上演~』
【劇場実験公開日】2020年11月上旬
【研究代表者】谷川道子(東京外国語大学・名誉教授)
【詳細】http://www.k-pac.org/kyoten/guide/2020c1/

 
多和田葉子(たわだ・ようこ)

1960年生まれ。詩人・小説家。1982年よりドイツ在住。著作に『犬婿入り』『百年の散歩』『雪の練習生』『献灯使』『地球にちりばめられて』『星に仄めかされて』など。

 

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